穴水町 あなみずまち 現地から

報道では見られない画像をコメントほとんどなしでup

避難所プルートを拠点として活動

    

山奥の避難所へ 撤退・・・

      

積雪10センチ

       

毎日の自衛隊の補給

物資拠点

自衛隊の野営所

       

断水

トイレの汚物袋と凝固剤

      

消防車で渋滞

     

社協事務所奥の寝床

地震が来ても大丈夫なように両脇に机を配置

ごはん

      

プルート掲示板

       

仮設トイレのフックつくり

      

プルート2階の図書室

       

山の中の避難所 携帯中継基地

        

能登電の鉄道マン

      

       

コロナ検査 陰性

       

海沿いの避難所

天気がころころ変わる

       

プルート みんなで雪かき

      

段ボールベットの材料

       

うちのボス NHK日曜討論

まさか・・・

緊急地震速報で正月は終わった。

震源地は能登半島輪島市沖

年末まで支援に行っていた珠洲市

そして宿泊拠点にしていた輪島市

どちらも甚大な被害が予想された。

大津波警報、火災発生、テレビのニュースでは想像以上の被災状況

所属NPO「レスキューストックヤード」から

体制が整い次第先遣隊として出動するとの連絡

今回の支援地区は2007年の能登半島沖地震の際に支援に入った穴水町に決定した。

1月3日早朝の出発となった。

メンバーは自分を含めたスタッフ2名と最強ボランティア2名の4名

穴水町まで携帯ナビで検索すると

こんな状況で使い物にならない。

北陸自動車道は金沢周辺から通行止、東海北陸自動車道は早朝に通行止解除で高岡まで通行可

能登半島を縦断する能登里山街道は全線通行止

一般道は車両が走行した情報が瞬時でわかる「通行実勢情報」

(下は現在の通行状況、車両が走行している道は台数により色分けされる。)

(当日は能登半島は国道249号線がかろうじて色がついていた。)

これらの情報から

一宮IC(東海北陸自動車道経由)高岡IC→(県道経由)→七尾市→(国道249号線)→穴水町

のルートが最善と判断した。

車はハイエースで燃料の軽油は名古屋で満タンにしたが、寒冷地仕様軽油ではない。

雪国では凍ってしまう。

よって北陸道と東海北陸道が交わる小矢部ジャンクション手前の

徳光IC(富山県)で一度降りることにした。

結局

ドラッグストアの水は売り切れ

災害地の雰囲気を感じた。

予定のルートで七尾市入り。

マックもスーパーも平常とおり営業していたが

七尾市役所を過ぎたあたりから

ガソリンスタンドの長い行列、道路の亀裂、電気が消えている地区など

平常時と違ってきた。

片側一車線の国道249号線を北上するにつれて日暮れと街路灯の消灯により

あたりは真っ暗になり雨が降り始めた。最悪の展開…

途中、道路陥没により迂回を余儀なくされ迷子になり挙句の果て

道路損壊によって進めず100メートルほど狭い農道をバックするという

アクシデントもあったが、ようやく穴水町に入った。

このころから渋滞がひどくなりほとんど動かない。

応援の緊急車両、災害救援車両、物資搬送トラックが先のほうまで数珠つなぎ

七尾市から平常時なら40分程度の道のりを3時間ほどかけて

穴水町市街に到着した。

名古屋から補給時間を含めて9時間ほどの道のりだった。

    

この日は社協とボランティア活動のリーダー的なTさんと調整をとる予定だった。

Tさんのお宅は山沿いの集落で、道はいたるところ崩れ亀裂が入っていた。

相変わらず外は雨と時より雷鳴が聞こえた。

Tさんと調整や情報収集をして社協へ転進しようと思ったところ

来た道の一部が崩れたとの情報

Tさん宅で急遽泊まることになった。

頻繁に余震があり緊急地震速報が鳴りっぱなしの状態

車中泊ではなく屋根のある所で泊まれることに感謝

マットとシュラフで就寝

     

翌朝、天気が回復し道も今なら通れるとのことで出発準備

無駄なく積まれパッチワークのような彩にしばし見とれた。

    

街に入ると多くの緊急車両が走行していた。。

   

とりあえずここまで

次は避難所のことをまとめようと思ってる。1月14日up

(先遣1月3日から1月12日 次回1月15日から19日)

        

被災地への寄付、情報はレスキューストックヤードHPへ

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